2019年3月20日水曜日

久しぶりの切手集め 2


これは、ラジオ体操50年記念の記念切手。発行は1970年代末。
子供の頃、単片で1枚だけ持っていた。垢抜けた、可愛らしいデザインでお気に入りの1枚だった。
当時は切手ブームでそれなりの値段がつけられていたと思う。まして小学生だったので、シートで買うなんてもってのほかだった。
ちびっこ紳士の佃さんのデザインだ。今見ても色あせない。
思い出多き切手だったこともあり、シートで購入してコレクションに加えさせてもらった。

小学生の頃、父の会社に届く郵便物から父が切手を切り取り、お土産に持って帰ってきてくれていた。だからコレクションのほとんどが普通切手だった。記念切手はたまに地味なやつが混じっていた。
あとは、福岡市内に出張した父が専門店で2枚、3枚と買い求めてくれたり、僕が福岡に出た時に、北天神のショッパーズに入っていた書店・りーぶる天神の切手売り場で、お小遣いの許す範囲で買ってきたり、収集手段なんてほほえましいものだった。
稀少価値がどうとか、転売するといくらで売れるかとか、そんな事は全く考えていなかった。
切手という小さな紙片に書かれた世界に、心から没頭していた。それだけだった。

久しぶりの切手集め

久し振りどころか、小学生の時以来だから40年ぶりだ。
先日、天皇陛下御即位30周年記念切手を、郵便局で見かけて何となく買ったところ(シートで!大人だ!)、妙に気に入ってしまい再び切手を集めることにした。
別に確固とした理由があるわけじゃない。まあ、コレクター魂なんて切手以外でもそんなものだろう。



ところで、つくづく眺めてみると、切手とはこんなに美しかったものなのかと感心・感動してしまう。
天皇陛下の関係だから、殊の外気合いの入った出来とも思うが、図柄や色使いの精緻さ、品格、印刷技術の確かさ、これは日本の印刷技術の粋が結実しているなと感じた。

3月12日に、東京オリンピックの寄付金付き記念切手を購入した。
小型シート、地味目な色使い、漫画っぽいキャラクター・・・郵便局の宣材でみたときは大して食指をそそられなかったのだが、実物を手にしてみると見当違いだった。
即位記念のものとは違ったベクトルで、これはこれで素晴らしい仕上がりだ。
シンボルマークはエンボス加工が施してあるし、贅沢。




2018年10月27日土曜日

保守投稿

今年初の投稿が10月末とは。・・・

2017年9月30日土曜日

嬉しいことに

放課後等デイの仕事をさせて頂いてから、半年が過ぎた。
僕も人間が甘いもので、子供達が悪さをしても、中々厳しく叱ることができない。
子供たちはそれがわかっているから、他の、ちゃんとした指導員よりも、殊の外僕に甘えすり寄ってくる。まあ、こっちもそれが可愛らしいから、益々甘やかしてしまうのだが。・・・反省。

いつまでも単なる”大きな遊び相手“ではいけないので、本やらネットで発達障害について勉強をする。
で、ほぼすべてのテキストで、発達障害と家庭環境(しつけなどの後天的要因)は関係がない、と書いてあるが、実感として、当初僕は関係があると思っていた。
しかし、現場に入り、子供たちと触れ合い、考えてみると、やはり後天的要因で発症はしない。ただ、家庭(親)の状態により、発達障害、自閉症スペクトラムに似た振る舞いをする子が育ちやすい、と最近は考えている。

少し具体的に書く。
お金がないから、片親だから良くない子が育つということではない。
子供と接するよりも自分がゲームする時間が大切な親、面倒だからご飯の準備をしない・子供をお風呂に入れない・トイレの躾をしない親、子供がかんしゃくを回すと、うるさいからなのかすぐに許してしまう親、こういう家庭で育つ子の中には、全く健常なのに発達障害の子みたいに振る舞う子がいる。多動、暴力、虚言癖、非社交的・・・。

放課後等デイでは、家庭の問題にまで踏み込んだりはしない。
決められた時間から時間まで子供達をお預かりし、楽しく、健やかに機能訓練と社会訓練を行なって親御さんにお返しする、そういう施設だ。
昨夜はきちんとご飯食べたか?風呂に入ったか?なんてどうでも良いことだ。うちの勝手です、と親御さんが言われれば、それまでのこと。
ただ、そういった立ち入った干渉をすることなく、もっと踏み込んだ、必要であれば生活スタイルを変えてしまうほどの関わりをどうすれば持つことができるか、画策中である。
シンイチ先生が言うのなら、ボク毎日お風呂に入るよ、ご飯残さずに食べるよ、宿題全部やるよと決意してくれる、そういう人間関係を子供たちと築きたい。

2017年9月24日日曜日

昇段審査を受ける

 先週の連休は、定例の合宿を朝倉市にて執り行い、参加させていただきました。
 今回は初段の允可をいただくための昇段審査を受験するという大きな目的がありました。
受験が決まったときから、日々の練習にも一層力を入れて努力をしてきました。
サラリーマンゆえの時間の問題には大いに悩まされましたが、套路を打ったり、兵器を振り回すだけが練習じゃない、地道だけど、お風呂のついでのストレッチとか、歯磨きしながらの圧腿とか、座っているときは猫背に気をつけるとか、生活の隙間に詰め込める”出来ること”は大抵詰め込んだつもりです。
 結果は、審査をしていただいた先生に大いにお目こぼしを頂いたお陰で、段位を頂くことはできました。が、拳士としての課題は依然としててんこ盛り、いや、なまじ段を頂いたばかりに、更に多く、切実になった感があります。

 いろんな思いが錯綜した、今回の合宿です。まずは、素直に昇段を喜んで、課題はひとつひとつ謙虚に、地道に追求したいと思います。
ご指導いただいた指導員の方々、昇段審査のお声を掛けてくださった先生方には、感謝しても感謝しきれません。ありがとうございます。

(補)
合宿が終わり、なんだかんだでやっぱり実力不足だから昇段は保留ということになった。
年明け(2月)に追試を受けて、それで合否を出すという事になった。
もちろん練習して臨んだのだが、試験は中断され、そもそも基本ができていないから表演しているソレは螳螂拳っぽい別のなにかであり、審査に値しない。架式が1分できないのに螳螂拳はできない、追試は中止という結論を頂いた。
そういう事は早く言ってくれと思いかけたが、気持ちのなにかが崩れた感じでもういいや、という気分になり、オレがいて螳螂拳があるのか、螳螂拳のためにオレがあるのか分からなくなったのでしばらく離れる事にした。
2、3ヶ月全く練習に出ず、家でも一切自主練はしなかった。ただ腹は立っていたので架式の各1分は欠かさずやった。
今でも套路は家ではやらない。今まで3回だの5回だの通して、それなりに身についたなと思ったことを全否定されたことを考えると、やる気にならない。
久しぶりに教室に顔を出すと、保留預かりとなっていた認可状を追試なしに手渡された。これにどれほどの価値があるのだろう。

2017年9月9日土曜日

不調の日々


コンクリの床であまり考えずに練習をしてしまい、右足のかかとを強打。
軽度の靭帯損傷と、かかと奥にダメージが残り、歩くたびに具合が悪くなる。
・・・ということが先週起こりましたが、平行して食中毒症状に苦しんでいました。
金曜の夜から具合が悪くなり、土曜日は朝から8度近い熱が出、ずっと下してトイレから出られない。
鼻水が出るとか喉が痛いとかがないので、風邪ではない。
土日しっかり寝たら熱も下がり、下痢も治ってきたので出勤。職場の近所の内科で診てもらったら、胃腸炎で間違いないだろうとのこと。
約一週間、腹に力が入らず、朝昼晩の毎食後トイレにこもる生活だった。・・・

で、病床に付している間はさすがに暇で、久しぶりにずうっとネットを見る生活だった。
懐かしい動画で、胸が熱くなっていました。



僕の中では高ポイントな、志村けんの持ちネタの一つ”電車の中の酔っ払い”。
セリフがなくても十分笑えるけど、この動画にはいろいろくすぐりが入っています。




沢田研二は、中性的なルックスと、きわどい大人向けの歌が魅力の歌手で、当時小学校低学年だった僕には、距離のある存在だった。
そんな彼がよりにもよって志村けんと共演し、しかもコントをやって、しかもしかもかなり面白いと、これは衝撃だった。おかげで沢田研二が、とっても身近な存在になりました。
これは、志村&沢田の定番芸のひとつ。

こんなのばっかり観て笑っていたら、すっかり回復しました。
足も調子良いです。

2017年7月1日土曜日

子供達について

現在勤務している法人が、放課後デイを運営している。いずれ老人介護施設の運営がメインになるのだが。
来てくれている子供達は、皆、いわゆる障害者だ。行政が認定し、手帳も持っている。
一般的な社会生活が不可能な子もいる。が、ほとんどは、(僕の目には)ちょっと落ち着きがないとか、勉強に興味がないとか、ウソが多いとか、個性の範疇で括れる気がしてならない。
で、そのほとんどの子達が、気持ちが落ち着く薬を服用している。
その薬のおかげで?、他の児童と大きな喧嘩をすることもないし、どうにかこうにか宿題も終わらせているし(うちの施設では、まず宿題を終わらせてから遊ぶ、という取り決めにしている)、片付けも掃除も出来ている(丁寧さは求めていない)。
でも、時折彼らが発する「やったー!」「わーい!」の声に、こちらの心に響くほどの感情がこもっていないように感じる。
薬は、感動や喜びの気持ちまで薄めているのではないのか。

気分の落ち着く薬を飲むのは、なんでだろうか。
親や僕らが管理しやすいからなのか。
服用することで、なるほど気持ちが落ち着いて、勉強や社会活動に取り組むことができる。しかし必要な知識、教養を身につけるのに、持って生まれた彼らの個性では不可能だ、ということだろうか。
常々思う。重篤な子はともかく、多少落ち着きがないくらいの子が受け入れられないのは、受け入れる側の社会が未熟なのではないだろうか。